過去のピアノ日記

2006年前半 ピアノ日記

6月19日
小犬のワルツは、ひとまず完成。先週のレッスンで合格となったので、次の曲の譜読みも始めなければということで、まだまだ課題はたくさんあるけれど、今回はこれで卒業としました。

この曲に関しては、先生からほとんどアドバイスがなかったので、ひたすら自分で練習。いきなり雰囲気を出して弾いてもボロボロになるだけで、どう弾けばマシになるかが全然見えてこない!大きな川の前で向こう岸を眺めながら呆然としている状態。

これは腰をすえて取り組むしかないと、ゆっくり片手ずつ、リズムを変えながら、孤独で地味な練習の日々(笑)もういやになるほどシツコク弾き続けているうちに、「ああ、こんなところに小さな橋が隠れていたのか…」なんていう発見もありました。自分の指が動くようになって初めて、こういう風に弾けばいいっていうのが見えてくるものなんですね。

子供の頃からの憧れであり苦手な曲でしたが、なんとか一区切りができました。

でもこの曲は、実力いっぱいいっぱいで弾くよりも、すごく上手な人が大きな曲を弾いたあとに何気なくといった感じでさらりと弾くのが似合いますよね。小犬が動き回っているのを眺めている大人の視線の曲です。なのに私の演奏は、小犬本人の視点になってます(笑)自分が必死で動き回っているという…。

いつか、余裕で大人の小犬のワルツを弾いてみたいものです。


4月27日
先日、キーシンのピアノリサイタルに行ってきました。
プログラムは、ベートーヴェンのソナタ3番、26番。ショパンのスケルツォ全4曲。

久しぶりに、良いものを聴かせてもらった〜という感動を覚えました。昔、ベルリン・フィルを初めて聴いたときのような、極上の酔いしれるような濃厚な時間でした。世界的なピアニストの演奏は、こうも素晴らしいのか。何の迷いもなく、軽々とスゴイことをやってて、自分の力のいっぱいいっぱいじゃなくて、余裕で弾いている感じ。

ベートーヴェン26番「告別」など、最終楽章がまるで交響曲の4楽章みたいに燃えていました。

ショパンも素晴らしい!スケルツォは2番しか聴いたことがなかったので、このリサイタルの前に、ユンディ・リのCDを買って一応頭に入れておきました。このCDの演奏もかなり良いし音も好きなのですが、やっぱり生演奏の迫力は違いますね。もともと私には、キーシンはちょっと音が力強すぎる感じがあったのですが、生の演奏を聴くと、これはこれで素晴らしいと思えました。

なんと言うか、あまり好みじゃない音と思うものでも、生の本物に触れることで、その素晴らしさを別の角度から感じられるようになった…というところでしょうか。

プログラムが終わって拍手が鳴り止まず、スタンディングオベーション。アンコールは、いろいろな作曲家の小品を、結局5,6曲弾いたでしょうか。それでも拍手が鳴り止まないので、キーシンもニコニコと笑っていました。

いいものを聴いたあとは、やっぱり練習したくなります。会場からの帰り道。表現の豊かさに少しでも近づくためには、「やっぱりグランドピアノで練習しないとね」…そうつぶやくと夫は、「そう言うと思った」ですって。

キーシン効果が私のピアノにも表れますように…久しぶりにグランドレンタルで練習してきました。


3月24日
はじめて買ったLPレコードは、宮川泰作曲 交響曲「宇宙戦艦ヤマト」でした。

当時中学生の私は、オーケストラのことも楽器のことも何も知らないまま、交響曲と言うはじめての世界に魅せられ、毎日毎日聴いて、ドキドキわくわくしていました。小さい頃からピアノを習っていたけど、「おけいこ」としての音楽ではなく心から楽しむ音楽に触れた経験は、このレコードが最初でした。

もちろんこれは大人になってから思ったことですが、ヤマトの世界は今思えば子供のアニメのひとつにすぎないのだけれど、船に乗って遠い星へ旅するという空想の物語に、自然なリアリティと親しみを持てたのは、宮川さんの音楽によるところが大きいのではないか。放送されて爆発的にヒットしたから有名になっただけで、作曲を依頼された時点では子供向けアニメの仕事のひとつにすぎなかったはず。子供向けだからといって力をぬかず、全力で物語の世界を生かす魂のこもった音楽をつくったことで、当時の子供たちの心をがっちり掴んだのだと思います。

あまりにもヤマトの音楽が好きすぎて、テレビや新聞に「宮川泰」という名前をみつけるだけでドキドキしました。ヤマト以外にも、耳慣れたメロディや歌謡曲をつくっていることを知ります。テレビ番組のテーマなど、親しみのあるメロディやユニークなアレンジを耳にするたび、「この曲はきっと宮川さんだ〜」、などと感じていました。

特にどの曲が好きというわけではないけれど、宮川さんの音楽はどれも、うきうきと楽しい気分になります。物悲しいメロディであっても、優しさあふれる温かみがあり、なぐさめられるような気持ちになります。

大人になってピアノを再開した当時、熱心に見ていたピアノレッスン番組「ポピュラーピアノを楽しむ」。宮川泰さんが講師をつとめ、西村由紀江さんがピアノ指導するのですが、ピアノの知識もなにもなかったこの時期、宮川さんのアドバイスをむさぼるように聞きました。

この番組の中、第一線で活躍するミュージシャンのバンドにあわせて、その日の課題曲を弾く場面も、忘れられない魅力あふれるものでした。

「音楽は楽しむもの、でも本当に楽しむためには、緻密なイメージ作りと努力が必要なんだ」っていうことを、宮川先生はそんな硬い言葉は使わず、駄洒落やジョーク連発の中で、やさしく教えてくれた気がします。

「ポピュラーピアノを楽しむ」の楽譜の中から当時、枯葉など2、3曲を(今思えば幼稚に)弾いただけ。いつか弾きたいと思っていた曲がまだまだあったのに、譜読みもせずそのままで…。宮川さんはまたいつか音楽番組に登場すると思っていたのに…

中学の頃から音楽の楽しさを教えてくれた宮川さんに、「自分もほんの少しずつだけど前に進み、今もずっと音楽を続けているんですよ!本当にありがとうございます」と言いたかった。



2月23日
久しぶりのレッスン。

子犬。
前回の、まず音をしっかり出すという課題がクリアできたので、次は左を軽くする。3拍子のベースの音にもスタッカートがついているので、しっかり音を出しつついかに軽くできるかが課題。

そしてテンポ感。右手のメロディに支配されがちで、テンポが不安定。3連符のあたりから慌てふためいた感じになってしまう。左手を安定させた中で、メロディが自由になればいいのだが…

あとは問題のトリル。なんとか入りはするが、変なところにアクセントがつき、いかにも「私、難しいことをやっています」って感じで、ダサい〜。力を抜いて、さらりと行きたいもの。

これまで弾いてきた曲は全部、譜読みを終えた時点から、完成した時の自分の姿をイメージでき、そこまでの道のり(どうやったら弾けるようになるか)が見えていた。でもこの曲に関しては、完成して弾けている自分の姿も、そこまでの道のりも見えてこない…なんでだろ。

先生に「なんか、このまま練習していても弾けるようになるのか不安…」なんて言ってみたら、「えー、そんなことないですよ」とか、笑われたけど。この曲に関しては、あまり指導に熱が入らない様子。特にショパンが好きという先生じゃないので、思い入れがないみたい。表現は個人にまかせて、ということかもしれないが。

練習曲代わりにやっている、ベートーベンの小さいソナタ(作品49-2)のほうが、フレーズごとに細かくいろいろ指導がある。まあこちらも弾き始めると楽しいので、ちょっとがんばってみようと思います。


2月14日
子犬のワルツ、テンポをすこ〜しずつ上げながら練習。メトロノーム60から始めて現在75。もう少し速くてもついて行けるが、それだとトリルが入らない。こんなことで、ホントに弾けるようになるんだろーか?

CDでピアニストのトリルを聴いてみる。すごく自然でさりげない。なんだか、自分のやっているトリルと違う気がする。何か特別なことをやっているんじゃないか?くりかえし再生してみるが、あまりにも速すぎて聞き取れない。

そうだ、CDのテンポを遅くして聞けないだろうか…?

Waveファイルを速度を変えずに音程を変えたり、音程を変えずに速度を変えたりすることができます。というフリーソフト「Arrange Wave」をみつけた。

早速、アシュケナージの子犬のワルツを77%に遅くして聴いてみる(笑)まったーりしているのだが、やはり当然、滑らかでスムーズで、音楽的だ。肝心のトリルは、このテンポでもよく聞き取れない。

50%に遅くしてみる。ここまで来ると、私のテンポと変わらない。なんか親近感…(そういうことじゃない!)。50%の速さでも、注意深く聴かないとトリルがどうなっているかよくわからないが、別に変わったことをしているわけじゃないようだ。すごく速く正確に入れているだけ。

ダン・タイ・ソンのを50%に。
これは自分とは違うトリルだ。10小節目。アシュケナージが、ファミ(ミファミ)レミだとすると(カッコ内を速く)、ソンは、(ファミファミ)レミと聞こえる。

ルイサダもアシュケナージと同じか。リパッティは、ソンに似ているが、もう1つ多く入れているようだ。(ファミファミファミ)レミ。スゴすぎ。

遅くするのも50%が限界で、これ以上は音程がおかしくなる。結局半分のテンポでもあまりよくわからないという訳で、まあとにかく、トリルはとてつもない速さで入っているってこと。

自分が弾けるかどうか本当にわからなくなってきたが、いつかできると信じて。


1月22日
子犬のワルツに挑戦中。
これまで、弾きたい曲として速い曲を選ぶことがほとんどなかったが、これはさすが名曲、ゆっくりの練習途中でも耳に心地よく、すごく楽しい。

こう弾きたいという構想はもう私の頭に出来上がっているので、あとは身体を頭の指示通りに動かすという作業だけなのだが、この作業に限って言えば音楽ではなく運動だよなあ。

ゆっくりのインテンポで、レジェーロにもせずしっかりとした打鍵で、まずは徹底的に指に音を覚えこませる。そして少しずつテンポを上げて、軽やかな音にしていく。

速いトリルなどもほとんど経験していないので、只今奮闘中。何度もやり直して偶然キレイに入ったときは本当に気持ちがいいが、最終的に自分の弾きたいテンポで、トリルも全部決めることができるだろうか…出来る限りがんばろう。

一般に子犬のワルツっていうと、初級者(?)が発表会などで弾くという認識かもしれないが、とんでもない!私はすごく難しいと感じる。

ところで、最近思うのは、先ほど書いた「構想はもう私の頭に出来上がっている」の部分。よく考えてみると本当にそうだろうか?「弾きたいイメージ」と、「その通りに身体を動かすこと」は、一見別物に思えるが、実際はお互いが影響し合って次第に深まっていくものなのではないか。

自分の指が動かないうちにイメージした「構想」は、指が動くようになってからイメージする実感を伴った「構想」に比べて、やはり浅いものなのではないかということ。

どうしても、自分の指が動く範囲内で小さく「構想」しちゃっていることもあるだろうし、指の練習途中で、偶然、すごくいいバランスですごくいい歌いまわしができることがあり、「あっ、いまのよかったじゃん。こういう風に弾こう」と思いつくことだってあるはず。

指が自由になれば、自分が考えている以上の表現の可能性が出てきて、より深い音楽性を自分の中に見出すこともあるかもしれない。

なかなか思い通りに動いてくれない指を反復練習するのは地道な努力だが、目の前の楽譜が弾けるようになることに加えて、新しい自分の音楽性を切り拓いているのだと考えれば、割に合わない作業でもない。