過去のピアノ日記

2003年後半 ピアノ日記

12月10日 途中まで
空耳太郎さんに教わったメリカントの「牧歌」、私もやる気満々だったのに、やっぱり中間部のオクターブが届かず断念…。また手が1センチ大きくなったら…ということで(笑)冒頭だけ。

メリカント「牧歌」 mp3♪

モーツァルトの協奏曲は、ペダルに悩んでいます。先週のレッスンでは、楽譜に忠実にアーティキュレーションをつけるようにアドバイス。それをはっきり出す為に、ペダルはかなり細かくするか、いっそのこと踏まないか。でも、透明感のある響きが欲しいのでペダルはやっぱり使いたい…いろいろ悩み中。

もうひとつ、左手のリズムをもっと感じて、とのアドバイス。短調でこのリズム。哀しみが出るように…

ポリーニのこの曲のビデオがあったのでじっくり見るけれど、肝心なペダルは全然写ってないし(苦笑)、運指も彼の手が大きすぎて自分の参考にはならない^^;わかるのは、聴いてすっごくステキ!ということだけ。

まずは各所のの小細工よりも、全体を流れる左手のリズムを体で感じられるようにしよう。



11月29日 ピアノが欲しい!
わずかながらも、毎日欠かさずピアノを弾いています。チェルニー30番とか音階も、気が向いたときにちょこちょこ。そこそこ弾けたら先生に見てもらい、アドバイスを受ける。曲は、モーツァルトのピアノ協奏曲イ長調の2楽章と、最近ハマっているメリカントの牧歌。これらはまだ譜読み中。

いつも消音なのでストレスがたまり、最近はちょっとヤル気が落ちています…。消音も、譜読みや、機械的に指を動かす練習にはいいのですが、こうタッチするとこういう響きになる、なんていう経験が、まったく積めていけないことに焦りを感じます。だいたい、アコースティックの楽器をやるっていうのは、楽器にこういう力をこんな具合に加えるとこういう音が出る、という部分が最大の難しさであり、一番の楽しみなのに…それができないなんて楽器じゃないじゃん。

その一方で、グランドピアノといったって、弾く機会がめったにないのならば、消音ピアノの範囲であっても、そのデジタル音を最大限に美しく鳴らし、納得のいく演奏ができるようになればいいのではないか…という気持ちにもなる。

見るともなく(ウソ、しっかり見るのである^^;)、ヤマハやスタインウェイのカタログをめくる。もし手に入れる機会があったら、どのピアノにしようかなあ〜。ヤマハのラインナップなら、Cシリーズと、価格が倍もするSシリーズというのはどんだけ違うんだろ?比べてみたい…。でもお金があったらスタインウェイを買うっつーのはどうよ。白馬のアウゼホールで弾いたスタインウェイも忘れられない…渋谷ステュディオのBモデルも素晴らしい…あんなのが自宅にあったらなあ…

いやいや、この際、もっと音響を考えた小さなホールを建てよう。自然に囲まれ、四季折々の花が咲いている高原。長野市街から車で10分。ホールの中はやわらかな光が差し込み、壁は明るめの木の温もり。ステージ中央には厳選したスタインウェイ。調律も完璧。客席は固定でなく自由に椅子を置き、窓辺のテーブルには今朝摘んできた草花。脇にはミニキッチン。美味しいコーヒーをいれる。よい香りがただよった頃、ご招待したネットのみんなが到着。ピアノの会in長野がはじまる…


空想するだけならタダだもんね。
さて、練習練習。午後から、お隣が出かけたのを見計らって、消音ペダルをはずしてみる。うんうん、いい感じ。消音でしっかり譜読みしてから、生で弾くと本当に気持ちがいい。これからもヨロシクね、消音くん。



10月26日 長調・短調
BBSで、長調・短調の話題が盛り上がっています。

ピアノをやっている人の中には、長調の曲が好きな人、短調の曲が好きな人がいるようです。私は断然長調派!街角で公開している曲の中にも短調は2曲しか有りませんでした。私は明るくあたたかみのある長調のハーモニーやメロディに魅力を感じることが多いようです。

そんな中、けいこさんから
>長調は明るく、短調は淋しい音に聞こえますよね。なぜ、ですか。なぜ、皆が皆、そのように感じるのですか。
という疑問の書き込みを頂きました。そう言われればそうですね〜!考えたことありませんでした。文化や言語が違うのに、人間はなぜ共通して、長調は明るく、短調は淋しい音に聞こえるんでしょうか。(もちろん、各国には様々音律があるのかもしれませんが、ここでは西洋音楽の長調・短調に限って考えてみます)

最初に思ったのは音階。
ドレミファソラシド(長音階)、ラシドレミファソラ(短音階)の違いは、隣り合うの音の高さが、
全全全全全  全全全全全と、半音が入る位置の違いだけ。これを眺めていても、2つの感情がわいてくる理由は全くみえてこない…

人間が共通して認識するものというと、音楽の他に何があるだろう?色は?赤は暖色、青は寒色だというのは、きっと共通だよね。たぶん、太陽や火が赤いから暖かい色、水が青いから冷たい色だと皆がイメージするからだよね、きっと。となると、音の感じ方においても、地球上で共通の自然科学とか、物理現象が関係しているのか…

そうか、音階ではなく響きなんじゃないか?和音だ。長調の和音が明るい気分を引き起こし、短調の和音は淋しい気分を引き起こす。その和音の成分が違うのでは…

そう思い立ち、あわてて音程や和音について調べてみると、「倍音」というキーワードにたどり着いた。
音というのは空気の振動で、1秒間に何回振動するかで高さが決まり、数は周波数(ヘルツ)で表される。400ヘルツの音というのは1秒に400回振動しているということ。そして、人の声や楽器の音色には、1個の音にも、いろんな周波数の音程が含まれているそうで、例えば400ヘルツの音が出ているときには、必ず2倍の800ヘルツ、3倍の1200ヘルツ、4倍の1600ヘルツ、5倍の…という整数倍の周波数の音が出ており、これを倍音という。

このページを参照してください。

この倍音は、普通聞こえてないように思えるけれども、豊かな音色には必ずあるもので、その多くの周波数を私たちは一つのかたまりとして認識する能力(?)があるため、美しい400ヘルツの一つの音に聞こえるようです。

では、ドの倍音は何だろう?
このページをみて下さい。C音の倍音列の表のように、ドの2倍の周波数がオクターブ上のド、3倍がソ、4倍がまた上のド、5倍がミなんですよね。つまり、ミとソは、ドの倍音として最初から含まれている。ドミソが溶け合うハズだよね。つまりドミソという長3和音は、このページにも書いてある通り「自然現象で発生する和音」ということなんだ。自然界に存在する音ということで、自然の落ち着き、安定というイメージから、人間に明るい感情を引き起こすのではないでしょうか…?

この長3和音(ドミソ)の周波数の比は、4:5:6と単純なため、それぞれの倍数に共通する倍音が多く含まれ、よく溶け合う。それに対し短3和音(ラドミ)の周波数比は10:12:15とちょっと複雑になり、共通する倍音も少なくなる(ていうか、倍数がずいぶん上に行かないと共通する倍音が出てこない)。もう私達は聞き慣れているので、短3和音もよく溶け合っているように感じるけれども、基音(ラ)付近の音域の中に共通する倍音が少ないということは事実。敏感に私達の耳はそれを聞き取り、溶けあい方が少ない、豊かな倍音が基音付近に少なくて温かみがない、不安定だ、ということから、不安、淋しさ、悲しさという感情がわくのではないでしょうか…



10月6日 ピアノの会
4日、渋谷のスタジオで、Ekkoさん、しおんさんと3人のオフ会でした。

Ekkoさんは、リストの練習曲をはじめ、シャブリエの「ハバネラ」、プーランクの「エディット・ピアフをたたえて」と、魅力一杯のラインナップ。前回のオフは7月だったから、たった3カ月で2曲も新曲に取り組まれているんですよね。う〜ん素晴らしい!

ネットで演奏を聴いている先生に、「Ekkoさんは素敵な曲ばっかり次々アップされてますね。もるとさんもがんばらなくっちゃ!」と、はっぱをかけられてしまいました(笑)

しおんさんも、私とのブルグミュラーの連弾「やさしい花」の他、フォーレのバルカローレ、モーツアルトのきらきら星変奏曲、ショパンのワルツ3曲などなど、譜を読みながら次々と弾いてくれました。全然練習してない〜と言いながら楽譜を見てさらりと弾けるのは、私には魔法のようです。

私は、メリカントの「ワルツ・レント」、メンデルスゾーンの「瞑想」。今回は全然緊張せず、思い通りに弾けたと思う。やっぱりこのピアノは弾いてて気持ちいい。「気持ちよさそうに弾いている」と言われ、なんだか嬉しかった!

あ、そうそう、ここで9月4日(後半)のピアノ日記に、ちょっと補足です。

>先生と、「やっぱり、ピアノは何も考えないで弾いている人と、なにかしら考えて弾いている人(子供でも)の演奏は全然違うね、考えた分だけ心に伝わるよね」という話をしました。

私の演奏を聞いてくれた後、Ekkoさんに、「ピアノを弾いているとき何かを考えていますか?」とたずねられましたが、この日記の「考える」というのはピアノを弾いている最中に考えているという意味ではなかったのです。

より音楽的に弾くにはどうしたらいいか、グッと来るリズムや響き、歌いまわしなど、様々なアイデアを考えますが、それは弾く前の練習の時にいろいろ考えるということです。考えながらではとても弾けません(笑)。そのアイデアを練って、これだという曲想が決まったら、あとは練習するのみです。

そしてできるようになったら、あとは気持ちよく弾くだけ…なんですが、これがなかなかできません^^;実際弾く時は「あ〜、音まちがえた、あ〜、ここ早すぎた、あ〜、ここペダル濁った、あ〜、指もつれた…、あ〜、……きりがないので省略

帰り道、しおんさんにたずねると、「譜読みは能力ではなく訓練」らしいです。練習なしに上達はあり得ないんですね。でも私は人によって得意・不得意というのはあると思うなあ。

不得意な私は、人の何倍も練習しなくてはいけない。だけど、今回思った。
「人の何倍かかったっていいじゃないの。仕上げる期限が決まっているわけではないんだもん。早い人と比べなくたっていい。これだと思った曲を何ヶ月もかけて完成させる…それでもいいんだよね」

大事なのは、止まらずに努力し続けることかもしれない。



9月19 1本の線
今日のレッスンは、まずバロックの「クーラント」。
左手の練習が効いてきて、楽しく弾けるようになってきた。
左手も伴奏じゃなくてメロディなんだ、「同時にメロディが2つ流れている」ということを、体で感じるようになった。

あとは、フレーズをブロックに分け、どのように音楽を創っていくかを先生と一緒に考える。アイデアを出しては実際に弾いて試し、出てくる音楽が面白いとか面白くないとか、いろいろ話しながら全体の構想が浮かび上がってきたような気がする…でもまだこれで決定!という感覚はつかめない。もうすこし考えてみる。

次は「瞑想」。前回のピアノ日記で書いた内容はなんとか改善できたようだ。
そして新たなアドバイスとして「一番のヤマ場のsfが終わったあと、右手が長い音符で伸びているとき、左手の伴奏が早くしぼみすぎる」 あ、そうか。右手が伸ばしていても、伴奏形ではエネルギーが前に行っていることを忘れていた!先生の「メロディのバイオリンパートが音を伸ばしていても、チェロのパートはまだ一生懸命弾いている感じ」というアドバイス。なるほどわかりやすい!

ピアノは、音を伸ばしているときは指でやることがないのでつい忘れがちだが、当然音楽は続いている。バイオリンならビブラートをかけて弓を動かし続けるし、管楽器なら顔を赤くして息を吹き込んでいるところだ。ピアノでは、指はやることがなくても、体の中の音楽のエネルギーを止めないようにしなくては…

最後に「ワルツ・レント」。
なかなか中間部の和音で動くメロディが弾けない。本当にむずかしい…ちょっぴり不安。引き続き、確実に打鍵できるように技術的な指導。小原さんの公開レッスンレポにあったように(先生も読んでくれた)和音を弾いたごとに力を抜いてみて、と言われる。少しずつやっていこう。

あとは、メロディをいかに歌うかを考えてみて、とのこと。正直、今でも歌っているつもりだったので、よくわからない。かといってこれでいいと思っているわけでもない…。ぱっと聴いて魅了されるメロディの線って、何だろう?先生とも「これだ!というメロディの線って、1本しかないよね、それを見つけるのはむずかしいよね…」と話した。また同じメロディの繰り返しがある場合は同じように弾いてもつまらないので、2本みつける必要がある!(笑)たいへんじゃん。繰り返しやめるか(笑)

世界中のピアニストがいろんな曲を魅力的に弾いているけれど、この線こそが個性であり、真似できるものじゃなく、一人一人が長年考えて苦労して生み出した宝物なんだなあ〜。



9月4日(後半) 音で伝えたいもの
今日のレッスンは、秋の発表会で弾く予定の、無言歌「瞑想」です。

先月のオフ会で弾いたときのビデオ(moreechさん提供)をみて、自分で不合格を出しました。もっともっと表現豊かに、心に響くように弾けるはずだと思うのです。

先生と、「やっぱり、ピアノは何も考えないで弾いている人と、なにかしら考えて弾いている人(子供でも)の演奏は全然違うね、考えた分だけ心に伝わるよね」という話をしました。しかし「考えていても表現が弱いために、なにも考えていない演奏と同じに聞こえてしまっては損だよね〜(苦笑)」なんてことも話しました。

今日は緊張せずに普通に瞑想を弾けましたが、先生に「部分的には考えて表現しているなとわかる箇所もあったけれど、もっともっと研究したらおもしろくなる」というようなことを言われました。そうか、緊張して表現が弱くなっただけだと思っていたけれど、考えがまだまだ浅かったのだなあとわかりました。

具体的には、1頁目の一番下の段のベースの移り変わりの面白さを理解していない。2小節目の和音が変わるところが印象的なのに、淡々と弾いているために伝わってこない。絶対にはずさないように、弾く一瞬前に手を用意をしておくこと。

またpになるところで音楽が止まってしまう悩みを相談したら、そもそもここがなぜpになっているか、から考えるようにレッスンが進んだ。ここのpで、dur(長調)からmoll(短調)に変化する。長調というのは硬い、短調は柔らかいという意味もあるそうだ。この曲では、私は自分の心の中をのぞいている様子を表現しているつもり。なかなか本当の自分というのは自分でも見えないものだけれど、長調のところが表面的な自分、短調のところで、フッと本当の自分の心のやわらかい部分がのぞいた…というのはどうだろう。

pになるのだけれど、自分が熱く語っているのは変わらない。決して意識がしぼんでしまうわけではない。だからブレスをするのではなく、前に進みたい。ベースの動きも半音階でつながっているのだから、いきなり小さくしようとせず、あくまでもベースは意志のある音で。そしてその後のクレッシェンド…同じ音形が出てくるのを同じように弾いているからつまらない。3つのsfを段階的に強め、気持ちの高まりを最高に持っていく…

わくわくした。
たった5小節に、これだけのドラマがあるなんて。

私はなんとなく感覚的に弾いていただけだった。具体的なイメージを適切な方法で表現しなければ決して伝わない。せっかくの心の高まりも、心に描いているだけでは表に出てこないのだ。先生のようにドラマチックに色彩豊かに弾く人は、ここまで考えているのだなあ!といまさらながら感動した。こういうレッスンは楽しい。

よくできた曲は研究すればするほど、表現が豊かになる。やればやっただけ、心に伝わるものが出来る。もっともっといっぱい表現できるようになりたい。



9月4日(前半) バロック初挑戦
ちょっと、ピアノ日記をさぼっていますが^^;レッスンは順調に続いています。先週分とあわせて書きますね。

バロック初挑戦・リュリの「クーラント」。ある程度音を覚えて持っていったら、どうも私はロマン派っぽい弾き方になっていたらしく、根本的なことから立て直す指導が始まりました。使っている楽譜は、日本人の監修が入っている譜面で、強弱記号や、クレッシェンド&デクレッシェンド記号、スラーの記号などがぎっしり書きこまれています。それをいつも通り私風の感じで弾いてしまうと、この時代には合わないらしいのです。

楽譜ではフレーズがスラーで囲まれ、しかもクレッシェンド&デクレッシェンドが書いてあったので、いつも通り中央をふくらませるように弾いたら、それはNG。「この時代は、楽器も違うので、そこまで豊かで感情的な表現はしなかったのではないでしょうか、またこの記号もリュリが書いたわけではないのです」…ということで、まずは、この監修者が書いた記号を全部取り払って考えることにしました。

左手の4分音符の長さも十分に保つのではなく、当時の楽器らしく、少し短めにすることにしました。そして、アウフタクトもロマン派のようにゆっくり入って遊ぶようなことはせず、3拍目の裏から始まるのなら、ちゃんと、1と2と3と、としっかり呼吸してきっちり入ることが大切みたいです。

そして、長くかけてクレッシェンドやデクレッシェンドをする場合、ロマン派なら少しずつ力を強めてだんだん盛り上げるのが気持ちよかったりしますが、バロックではそうしない。フレーズごとに段階的に強めたり弱めたりすると、この時代の雰囲気が出るのだそうです。

そして、記号を全部取り払ったといっても、決して機械的に平面的に弾くというわけではなく、以上のポイントをふまえた上で、自由に構成していけばいいのだそう。しかしなにも書かれていない自由というのもまた難しいものだと思いました。これこそ自分のセンスが出てしまうから…

構成はいずれやるとして、「今はまだ楽譜通り打鍵できていないので、どこを弱くとか強くとか考えずに、鍵盤の奥まで全ての音をしっかりと出しながら最後まで止まらずに弾ききる練習をしてください」、と言われました。これまで左手の伴奏形を弱く弾く曲ばかりだったので、「全ての音をフォルテで、コントロールなしで弾いてみてください」と言われたときは、なかなかできませんでした。左手がどうしても弱くなってしまうのです。「もっと強く」と言われて、「こ、こんなにぃ〜?」なんていうほど弾いてやっと右手と同じになりました。

「これを最大と考えて、ここから構成を練り、音量を削っていくとうまく行くんじゃないでしょうか」…なるほど。弱い音だからといって初めから弱々しい打鍵で練習してもダメで、しっかりと音が出せるようになってから少しずつコントロールしてやさしい音を出していくのだなと分かりました。

正直、私はまだバロックの魅力というのをわからないので、積極的に弾いてみたいという気持ちになりきれないのですが、技術的には絶対やっておくと早道だなと思いました。明瞭な言葉でしゃべれるようにならなければ、つぶやくようなセリフも、ロマンチックなセリフも、うまく伝わらないですもんね!



8月19日 オフ会
8月16日、moreechさん主催のピアノオフ会に参加してきました。
指の痛みがなくなり、復活第一歩の本番でした。参加者は約20人。
午前中に、別の部屋のピアノで一度、ショパンのワルツを弾かせてもらいましたが、本番では別の曲にしました。つまりリハーサルはナシです。

本番前、演奏順のくじ引きで1番を引いてしまい、ドキドキする間もなく弾き始めていました^^;
頭の数小節で一度止まってしまって弾き直しましたが、その後は緊張していることを意識する前に弾き終えてしまったので、途中で頭がまっ白になってしまうということは避けられたのですが、もう少し心をこめて歌えたはずなのになあと思います。

弾いたのはメンデルスゾーンの無言歌「瞑想」です。
あせって曲名も言わずにとっとと弾き終えてしまい^^;聴いてくださっている方は、よくわからないうちに終わってしまったという感じだったのではないでしょうか。

やはりまだ「途中でおかしくなったらどうしよう、最後まで弾けなかったらどうしよう」という気持ちが残っていて、楽譜ヅラをなんとか最後までこなせればいいという風な演奏になってしまいました。街角で公開しているテイクが100だとすると、60ぐらいの出来じゃないかと…録音していないのでわからないけどもっと低いかも…これでは自分としては合格点をやれません。

今回の私の反省点としては、弾き始める前に一呼吸おくとか、心に余裕を持たせる工夫が必要だなあと思います。あまりにも余裕がなさすぎる。他の出演者がしていらしたように、演奏前にお客様にしゃべりかけるとか、自分はこういう曲をいまから弾きますよ、聴いてくださいね、という態度があって、はじめて聴く側に興味をもってもらえる、弾く側も積極的に聴いてもらおうと心をこめる、といった双方のコミュニケーションがとれ、その結果いい演奏につながるんじゃないかと思います。

20人の観客の前で気軽にしゃべれるかどうか。いわゆるあがり症というのは、ピアノを弾くことでアガルわけではなさそうです。アガル人は、人前に出てたくさんの目が自分に向けられるだけでアガッてしまうのです。だから、たとえ弾くことが完璧でも、あがり症を克服(または緩和)しなければ実力が出せない。

よく、練習をしっかりして自信を持てばアガらないはずだ、などと言われますが、いくら弾き込んでいてもアガル性格の人はアガル。だからピアノを練習するだけでなく、それ以外の場で、人前ですじみちを立てて話すとか、バカなことを言うとか、大声で歌うとか、とにかく自分をさらけ出す機会を持つことかなあと思います。そして、失敗したり恥ずかしい思いをしても、それが何だ、と思える余裕を持ちたいですね。

以上、自分の演奏の反省です。
他にも今回のオフ会で楽しみながら、いろいろなことを考えました。また久しぶりの方やお馴染みの方にお会いでき、本当に楽しかった!ピアノもますますやる気がわいています。



8月7日 復活
謎の指の痛みでピアノを控え、かれこれ3カ月もたってしまった。
医者の言う通りに1カ月たっても痛みがあれば再検査のつもりでいたが、どうやら治ったらしい。キーボードの打ち込みは全く気にならなくなったし、ピアノを弾いてもようやく痛みもなくなった。まだ関節を逆に曲げると痛みはかすかに残るが、これもしばらくすれば治るだろう。7月の北海道旅行の後あたりからどんどん良くなったようだ。指も心もリフレッシュしたのかもしれない。

こんなに長引くとは思いもよらなかったのだけど、気にかけてくれた皆さん、すみませんでした。また少しずつ曲を弾いて公開していきたいと思っています。

レッスンも、見てもらえる曲がないこととお盆休みが重なって、8月21日までないので、ゆっくりと好きな曲を弾いて楽しんでいます。メリカントの「ゆるやかなワルツ」、無言歌「瞑想」、ショパン「ワルツ9番」、あとは、ギロックの「土曜の夜はバーボンストリート」…。16日のmoreechさんのオフ会でどれか弾こう。

その後は、バロックに初挑戦、リュリの「クーラント」の練習と、秋には発表会があるかもしれないので、曲を決めて丁寧にさらい直そうと思います。

と、こんなわけで今日から気合いが入り、久しぶりにレッスン室を借りてグランドピアノで練習してきました。やっぱり弾きやすいなあ。なんて気持ちがいいんだろう。打鍵の感触がやわらかい。手も痛くならない。

…でも自分の手から出される音は雑で、毎度のことながらタメイキ。やはり指先の微妙なコントロールができていないことを改めて思い知らされる。小さく粒をそろえて弾くことの難しさ。逆に、強く硬い音はカンタンに出る、っつうか出てしまう。強く美しい音を響かせる難しさ。

あとは曲の構成。優しい感じ、力強い感じ、ゆったりした感じ、ふんわりした感じ…そういう「感じ」を、自分の頭で描いているだけでは曲にはならない。描いたものをいかに構成して音にしていくか。このセンスと、そのための技術。大きく分けてこの2つを磨いていくのがピアノ道。今日からまた歩き出しました。



7月8日 腱鞘炎じゃなかった
5月中頃から右手薬指に痛みがあり、あまりピアノを弾いていない。

安静にしていればそのうち治るだろうと病院にも行ってなかったのだが、先日のオフ会で、参加者全員から「医者に行け」とつっこまれてしまった(苦笑)

というわけで今日やっと、整形外科として定評のある病院へ。先生の前で指を曲げたり、関節を押されたりしながら問診。その後2枚のレントゲンを撮った。自分の手の骨というのを初めて見た。先生と写真を見ながら、骨に異常がないことを確認。まずはホッとする。もう一度指を曲げたりしてみるが、腱にも異常が認められない。腱鞘炎じゃなかったらしい…

先生は困ったように笑いながら「まあ、たいしたことはないと思いますよ…」
ただ写真をみると、ほんの少し爪の下あたりに小さな白い斑点が写っている。おもわず、マニキュアのラメが写ってしまったか?!と指をみるが、ラメは全部の指についているはず。白い斑点は薬指だけに写っている。

「なにかあるとしたらこの部分かもしれませんが、1ヶ月ほど様子をみて下さい。それでも痛みがとれなければMRなんとか(?)で検査しますが…まあ、大丈夫でしょう」とのこと。ピアノもパソコンもやっていいですって。

いいって言ったって、痛いんだもんなあ^^;とにかく時間が治してくれるのを待つしかないみたい…
まあ、痛いっていってもほんの少しだけどね。ピアノって僅かなことが気になるんだよね。